【小森さじ】ゆとり世代のビートルズ論3『気候』
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日本は、何にせよ自然災害が多い国である。
自分の想像をはるかに上回る、厳然たる自然を目の前にすると、どうしようもなさに唖然とする。一番無力だなあと思うのは、台風一過の青空が訪れた瞬間だ。青空は大好きなのだけれども台風一過の空だけは、その想像の及ばなさを青空にかき消されるような、居心地の悪い気分になってしまう。
1ヶ月前までいたイギリスは、全然晴れない国だった。
全然晴れないというと語弊があるかもしれない。カメラロールを見返してみれば、青空とカモメが写った写真がたくさん保存されている。でも、日本とは気候が明らかに違った。
ケッペンの気候区分でいうと、東京はCfa(温暖湿潤気候)、ロンドンはCfb(西岸海洋性気候)に属する。(最近は日本の夏季は亜熱帯みたいだなんて思うこともあるけど…)
地理学的には、ヨーロッパ西側は、偏西風の影響を受けて年中湿潤であり、緯度の割に冬でも暖かく、夏は涼しいとのことである。
(ちなみに2019年のイギリスは、日本人が想像する「夏」が2週間ほどしかなかった。2週間だけHeat Waveとか言われるものが襲来し、最高気温更新したり大騒ぎになったものの、あとの11ヶ月と2週は半袖では過ごせなかった。ここまでとは思わなかったので割とびびった)
(確認のために2019年7月の統計を見てみたら、UK全体の平均気温16℃だった)
それより現地で一番感じたのは、まあ天気が読めない、ということ。
それより現地で一番感じたのは、まあ天気が読めない、ということ。
天気予報が全く当てにならないのだ。
例えば、朝起きて晴れていて、BBCをつけて今日はまあまあ晴れるでしょう、と言っていたとする。よーし、今日は大学に薄着で行こうかな!となって、いざ午後授業が終わると、
朝の晴れ、どこ行った??
どんより真っ暗な空。だいたいこういう時はご丁寧に雨も降ってくる。気温も雨に伴って結構下がっていく。イギリスは夏が日が長くて(日没22時くらい)、逆に冬なんて15時半には日が暮れてくるので、油断していると一日が意味不明なタイムラインになる。そして大体、寝る前に「明日こそ適切な格好をしたい」と思うのだ(そして出来ない)。
つまり、「全然晴れない」というよりも「晴れたと思ったら晴れじゃなかった」「晴れたけど一瞬だった」って感じが適切なのだと思う。
その上で、The Beatles「Here Comes The Sun」「I’ll Follow The Sun」という2曲を聴くと、また全然違って聞こえてくる。
「Here Comes The Sun」は、ギターのジョージ・ハリスンが生んだ名曲と呼ばれていて、これまた名盤『アビーロード』に入っている。優しく心がぽかぽかする曲調で、日本でも人気が特に高い楽曲だ。
タイトルの通り、「太陽が出てきたよ」という喜びを歌った曲で、冬の雪融けなんかが歌詞では言及されている。この曲の素晴らしいところは、世界中の誰でも共感できる「晴れた」という感慨を、単純明快なメロディで語ったということだと思……っていた。いや、その素晴らしさにきっと変わりはない。
しかし、実際にこの曲が生まれたイギリスで過ごして感じたことは、
あぁ、こんなに太陽って貴重だったのか……。
ということ。この曲って割と切実な歌だったんだなと気づいた。曲の聞こえ方が以前とは変わっていた。同じ冬でも、日本のからっと晴れた冬の空の下では、このメロディは生まれなかっただろう。
更にびっくりするのは、この曲がリリースされたとき、ジョージハリスンは26歳だったということ。何か達観したような歌い方(あとアビーロードのジャケットがなんかもう40代くらいの貫禄なんだよな…)で、20代後半が作った歌には聞こえなかった。誰かを慰めるようなギターも、心が浄化されるようなメロディラインも。
想像を絶する世界的大ブームの中の人(しかもグループ最年少)という経験を20代前半でして、26歳にしてその境地に辿り着いてしまったのかもしれない。外野が何を思ったところでジョージはもうこの世にいないし、私には妄想で補うことしか出来ないけれど、それでも、この曲の中にいつだっている、天気の読めない国でや〜〜〜っと束の間の太陽が出てほっとした、26歳のジョージを日なたで愛でていたくなる。
続いて、もう一曲。
アルバム『Beatles For Sale』の中に収められている楽曲「I’ll Follow The Sun」。
これはポールが16歳の時に作った曲だと言われている。
これはポールが16歳の時に作った曲だと言われている。
Tomorrow may rain, so I’ll follow the sun
先ほどの「Here Comes The Sun」より更にイギリスの天気のことを端的に表している曲だ。「明日は雨かもしれないから、今日僕は太陽を追いかけるよ」
正確な描写すぎて、比喩じゃなくて本当に天気のことを歌ってるじゃん?!とまで思ってしまった。
どちらの曲も、お日さまのことを歌っているのだけれど、後者は思春期っぽいところが良いなあと感じる。明日のことも見えていないという、見え隠れする不安、自分が田舎町からどこかに旅立つという予感……。太陽が出てきたから"It’s all right”だよ、と言う26歳のジョージと、太陽がいつまで出ているか分からないから出て行かなくちゃと去る16歳のポール、どちらも自分に正直な歌だったんだろうと思う。
日本に帰ってきて、雲ひとつない空の下でこの歌たちを聴いても、私はイギリスのどんよりとした天気を思い出す。そして太陽のありがたさを噛み締めて、居心地の悪い青空でも思いっきり伸びをしてみるのだ。
☆今日のフレーズ
One day you’ll find that I have gone
For tomorrow may rain, so I’ll follow the sun
(I’ll Follow The Sun / The Beatles)
【ある日君は、僕がいなくなったことに気づくだろう
でも明日は雨かもしれないから 僕は太陽についてくよ】
「ある日」という使い方の「One day」に、findの後のthat節で「I have gone」行ったことが完了している状態に気づく、と言ってます。なので、「僕」はその時すでにいないだろう、という感じですかね。
2行目の「For」は「だから」という理由の意味の接続詞だと思われます。この2行だけで、気候と心情の修辞に富んでいて、百人一首みたいだなあ。
16歳の無敵な価値観、かつちょっとシビアな視点なのがとてもグッときます。親愛なる人を失おうが(I lose my friendとそのあとで言っているから、友よと語りかけているのかもしれませんね)自分は今日の日和を信じて進むと言っている。個人的には、16歳ポールの「I’ll Follow The Sun」と、20代ジョンの「Help!」はがむしゃらに駆け抜ける若者の等身大の心に迫った、2大ビートルズ情熱大陸ソングです。