カテゴリ:

「下線部(ウ)あるが、どういうことか。説明しなさい。」


学生なら年間を通して何遍もエンカウントする文章。謎の威圧感を誇る文体。


またお前か、下線部。


下線部(ウ)どこやねん。黒字の論説文に黒字の下線じゃ探しづらいから、ピンクの蛍光ペンとかで引いてくれ。そういえば社会人になってから出会ったことがない、この独特の問題文。

しかし、現代文を甘くみてはいけません。現代文ってのは意外と大切なことを教えてくれていたりします。例えば、取引先からこんなことを言われます。

「こちらとしても、出来る限り掛け合うけど……。とはいえ、見積もりの見直しも並行して進めてくれないかな?」


下線部「とはいえ」とあるが、どういうことか。


現代文を経た戦士ならわかるでしょう。逆説条件の「とはいえ」の意味するところは「つまり無理」。上記の文で言いたいことは「見積もり下げろ」のみなのです。ここで「へえ!社内で掛け合ってくれるんだ!ありがとう!」と解釈してしまうと確実に事故ります。

さて、現代文の復習をしたところで、次の歌詞をご覧ください。

Close your eyes
And I kiss you
Tomorrow I'll miss you

(All My Loving / The Beatles)


問1 下線部とあるが、何故か。


これはもう、神戸牛並みに最高級品質を誇る、第一段落に引かれている下線部になると思います。現代文としても理想の歌詞。

なぜこれがすごい歌詞だと思うかというと、この冒頭の3行だけで続きを類推させて人を惹きつけ、続く歌を聴いていけば、自ずと答えが出るように設計してあるからです。


Close your eyes. And I kiss you.
【目を閉じて/そしたらキスするから】


中1でもわかる英語です。少女漫画みたいな展開で、アイドルとして100点満点のスタートでしょう。問題は3行目です。


Tomorrow I’ll miss you
【明日ぼくは(もういない)君を想うだろう】

動詞のmissは、ないもの・いない人に対して「いてほしい」と寂しくまたは恋しがる気持ちを指します。なので、1行目で「目を閉じて」と言って、2行目でキスした彼女は、明日にはもういない=「ぼく」の元を止むを得ない理由で去ってしまうことが3行目から推測できます。ここで読み手(聴き手)は「え!?ラブラブなのにどうして離れちゃうのポール(きゅるきゅる)」と思い、グッと歌に惹きつけられます。

小説や脚本に置き換えてもとても大事なことですよね。ビートルズはよく見るとシンプルにさらっと、こういうテクニックを多用しています。巧い…………。

歌詞の続きですが、直後に「while I’m away I’ll write home everyday(ぼくが離れている間、毎日手紙を書くね)」と答え合わせが出来てしまいます。この歌は「ぼく」が彼女といる街を一時的に離れる際の歌なのだと。

以降の歌詞を踏まえると、冒頭の「目を閉じたらキスするから」がとんでもなく切なくなるのも憎い。この二人がばらばらの場所に行ってしまう前の最後のキスだと思うと憎い。ポール、この舞台はどこなんだ。もしかしたら公園かもしれないし、電車のホームで発車寸前なのかもしれない。明日、というのは強がりかもしれない……しんどいぴえん………



ビートルズはこの曲All my lovingをアメリカ初進出の際、Ed Sariban ShowといういわゆるMステ的な国民的歌番組で披露しています。

(ちなみにその番組出演時の音源がビートルズアンソロジー1Disc2に収録されており、各種ストリーミングサービスでも聴くことができます。オタクに優しい)


このビートルズ出演回の視聴率は70%超だったとも言われています。ビートルズが異国の地・米国で、大勝負の一曲めに遠距離恋愛の曲のカードを切ったというのは、あまりに戦略的でぞくぞくしてしまいませんか?

この3行で、全米を惚れさせ、さらに「I’ll miss you」と離れた時の福利厚生までしっかりしているだなんて。

恋させるには3行あれば十分。
そう。下線部はいつだって私たちに大切なことを教えてくれる………。




☆今日のフレーズ

This happened once before
When I came to your door
No reply

(No Reply / The Beatles)

最初の3行で読ませるビートルズ、ということでもうひとつ挙げるとしたら、私はこれかもしれません。

こんなことは前もあった
君の家のドアまで行った時
返答なし

話しかけるような始まりの2行から、ぴしゃりと冷たい3行目の「No reply」で突き放される感じがドラマチックだな〜と感じます。ジョンレノンパイセンのちょいと掠れた歌声がけしからん色気を放っています。