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小森さじと申します。
もともと広告代理店で働いていた私が 
作家・脚本家になるまでの経験をご紹介させて頂きます。

作家、脚本家「小森さじ」について

私は、広告代理店勤務、英国大学院への留学を経て、現在は脚本家としてアニメやゲーム、YouTube動画等に関わっています。好きなものはポケモンとビートルズ、得意なことは強いて言うなら暗記。そんな私がなぜ作家を志したのか、思い返せばきっかけは、「まことの自由」を真に受けすぎて、自由気ままに過ごした女子校時代にあったのかもしれません。

とにかく面白いことを模索した女子校時代

中学・高校は女子校に通っていました。中高一貫の女子校というと「華やかなお嬢様」というイメージかもしれませんが、実際は真逆です。ゴリゴリの縦社会で先輩後輩が厳しい。部活によっては、先輩が話している間はつま先立ちをキープしなければならない、など不思議な決まりがありました。お金持ちが多い訳ではなく、良くも悪くも負けん気の強い生徒だらけで、自分の感覚としては「ほぼ男子校」。少年漫画をボロボロになるまで回し読みして、教室のロッカーには半年分の少年ジャンプがストックされていました(健気)(便利だった)。

その特殊社会で身につけたのは「面白いことを模索するクセ」でした。生徒の自主性に任せる自由な校風のおかげで、3ヶ月間受験勉強を放棄して、全校生徒の前で発表する漫才の練習に明け暮れたり。女子校ではモテるとかいう概念がないので、「面白いこと」が大きな価値であり、勝ちでした。

創作活動への憧れ。そして広告会社を目指す

面白い女子校で育ったというだけで、私自身は創作活動をしていたわけではありません。当時はケータイ小説なんかが流行していて、同級生で大賞を受賞し出版まで至った子や、後輩でお笑い甲子園出場者など猛者もいる中で、私は週7日中7日、体育館にいる部活少女でした。
ただ、当時テレビで見たトヨタのCMに感動したこと、お小遣いをはたいて行ったアイドルのコンサートで、東京ドームを埋める赤と青のライトにストーリー性を感じ、アイドルそのものよりも頭に焼き付いて離れなかったこと。今思い返せば、色んなことがその後の布石となっていてくれたと思います。ここで私は、村上龍著『13歳のハローワーク』を読んで、人の心を動かすストーリーを描きたいなら広告会社でCMを作れば良いのではと考えます。

part2へ続く