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1995年10月
派手に散った。
いや、全くもって静かに火は落ちた。まるで線香花火のように。
僕は当時14歳で、厨二病なんて言葉はなかったけどきっとそれの真っ最中で、
当時エヴァンゲリオンがテレビで放送されていて、碇シンジと同い年だったことから、
自らを「ファーストチルドレン」と呼ぶ痛いヤツだった。
そして、人知れず、失恋をした。そんな時だ。彼が引退を発表した。
「原辰徳がどうやら引退するらしい」
この年、優勝を逃した巨人が残りのペナントを戦う中で、ファンの間で囁かれていた事実が、どうやら現実のものとなるようだ。
原は言うまでもなく、長嶋・王の去った巨人において、一人で巨人の4番のプレッシャーを背負い続けた名選手だ。
高校時代からマスコミの注目を集め、大学を経てプロ入りした後も、彼はクールでスマートだった。
そして、「4番サード原」はプロ野球を見始めた僕にとって最初のスター選手であり、彼のおかげで応援歌を覚える楽しさも知ることができた、言わば特別な選手だったのだ。

そんな彼が引退をする。

この頃の原は既にチーム内でのポジションをすっかり失っていた。
度重なる怪我により、1992年には定位置であったサードからファーストへコンバートもされた。
その後、レフトに回ることもあった。
更には引退の前年にはFA制度を使って落合博満が巨人へ入団。ゴジラ松井の成長もあり、4番の座は遠いものになってしまった。そんな1995年。

この頃、僕は一人の女の子に恋をしていた。同じクラスの子で、明るく元気で笑顔が素敵な子。おそらく彼女を狙っていた男子は数多くいたのではないか。
その中でも、どういうワケか、僕は彼女と割と仲が良く、席替えがある度に「隣同士になろうね」と耳打ちされたりして、どんなに席替えをしても僕たちだけは隣同士だったりして、正直浮かれていたんだ。
そんな浮かれちゃってる僕は、徐々に巨人の試合を見なくなっていた。
彼女と話を合わせるために、彼女が好きだった、おそらく当時デビューしたてのラルクアンシエルの曲を毎日聴いて、テレビも野球中継よりバラエティーとかドラマとかを優先して見て、次の日に感想を言い合う。そんな日々を過ごしていた。ちなみに僕の視力が悪くなったのも、彼女が授業中だけかける眼鏡を取って自らにつけるイタズラを繰り返した結果であり、眼鏡を見るたびにこの頃の甘酸っぱい記憶は蘇ってくる。
そんなある日、信じられない噂が耳に入った。
「あの二人、付き合い始めたらしいよ」
何てことはない。当たり前の話だった。
彼女は同じ部活の、運動のできる、いわゆる学校の中心メンバーの男子の一人と付き合い始めたのだ。
対する僕は運動神経のかけらもない厨二病男子。
信じられないのは僕だけであって、学校内ではお似合いの二人。僕は本当に「仲のいい友人」だったのだ。
人生における最初の絶望。誰にも相談していない恋は誰にも知られることなく小さく消えた。もう、全てのことがダメになったと思えた。

そんな時だ。原が引退をするという話を聞いたのは。

ちょっと待ってくれ。恋に挫折をした、こんなタイミングであなたも巨人を去るのか。プロ野球から去るのか。
まだ出来るはずだ。いくらなんでも決断が早すぎる。いくらなんでもクールでスマートすぎるじゃないか。
置いていかないでよ…。
僕は巨人の試合をロクに見ていなかった今シーズンのことを心の底から恥じた。
せめて引退試合だけは…。ほかにどんな用事があろうとテレビの前にいなくては。クールでスマートな僕のヒーローの最後の雄姿を、この目に焼き付けなければ。

そして、引退試合の日。彼は4番サードで先発出場してきた。体つきを見てもまだまだやれそうだと思った。
相手投手は広島の紀藤。原は全力のフルスイングをする。
打った!!!ホームランだ!!!
ホラ、まだまだ出来るじゃないか!
そう思ってテレビを見ていた僕は、一気に体が熱くなるのを感じた。

クールでスマートな原辰徳が、打った瞬間、バットを後ろに放り投げたのだ。
それはまさに何かをやり遂げた男の姿。

必死だったんだ。
ここまで必死だったんだ。

僕は知らなかった。プロ野球選手というのは持って生まれた才能なのだと思っていた。
彼女と付き合い始めた彼のように、元々運動神経がいいものなのだと。
それはそうなのだろう。でも、僕はその裏にある苦悩や努力のあとなど見ようともしていなかったのだ。

僕にとって最初のヒーロー原辰徳は、現役最後の試合で、とんでもなく泥臭い一面を僕たちに見せつけ、
「夢の続き」を約束して球場から姿を消した。

当時の原辰徳は37歳。今年、遂に僕は当時の彼の年齢を超えてしまった。

君は誰かのヒーローになれているか?
泥臭く生きているか?

クライマックスシリーズ突破をし、約束通り「夢の続き」を見せてくれている原辰徳監督を見て、
僕は自問自答を繰り返した。

次回、「上原浩治」。大人になることと雑草魂の意味。お楽しみに。