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【ブラジリィー・アン・山田】私はこうして作家になったpart4

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20代の頃からコツコツやってきた劇団活動が評価され、
映像脚本を書いてみないかと声がかかるようになり
なんとか“生業”としての作家になることができました。

【ブラジリィー・アン・山田】私はこうして作家になったpart3

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『作家になれた』――この言葉を定義するのはなかなか難しいのですが、
元々、俳優として活動していた私が、
その後、作家として成長したと実感するきっかけは3つあります。

【ブラジリィー・アン・山田】私はこうして作家になったpart2

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現在は作家、脚本家として活動していますが
以前は劇団に所属し、俳優で食っていくことを目指していました。
双数姉妹という劇団に所属し、その後、東京オレンジに移籍。 

【米内山陽子】小説のパンチライン「キリンヤガ」②

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小説が好きだ!

①から随分間が空いてしまいました。
そして現在はコロナ禍真っ最中。

必要最低限な事で命を繋がねば、と必死におこもり生活をしています。
そして実感します。
心を潤すことも、必要なんだなぁ、と。
幸い現代にはエンタテイメントが溢れています。

スマホやタブレットに本も、音楽も、映像も、ゲームも、入っています。
そんな中で、絶版の、電子書籍にもなっていない作品のご紹介。その2です。
状況が好転して、図書館が開いたら、手にとってください。



【ハシモトコーキ】私はこうして作家になったpart4

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自分自身の作家としての経歴を振り返ってみると
運が良かっただけのタナボタ的な展開ばかりだったと思います。
しかし、運によって大きく左右されるのが作家業の面白さでもあり、シビアな点だと未だに実感しています。 

【ハシモトコーキ】私はこうして作家になったpart3

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実際に放送作家としてデビューするまでは紆余曲折ありました。
大学卒業後、上京して作家になろうと考えていたのですが
その方法が全くわからなかったため、一度就職して東京で働く道を選びました。

【ハシモトコーキ】私はこうして作家になったpart2

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子どもの頃からお笑いが好きでした。 
当時はお笑いブームで、テレビでもネタ番組が数多く放送されていました。
特に、小学生の時に始まったM-1グランプリには夢中になりました。

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